湯のみが卓に置かれると、湯気が焙じた匂いを運んできます。お茶の色は、あたたかみのある茶色です。濃い味がしそうに見えて、ひと口めは軽いのです。見た目と味のあいだのこの差から、ほうじ茶の味は始まります。
その差をたどるには、まず湯気から始めるのがよさそうです。
焙じた匂いの湯気
湯のみを近づけると、湯気が鼻の先をのぼっていきます。ほうじ茶の香りは、香ばしい・甘い・グリーンの三つの束にまとまるのです。
国内の香りの研究は、ほうじ茶の香りを少しずつ薄めて、どの成分が最後まで嗅ぎ分けられるかを並べました。葉の測定では、香ばしい成分と甘い成分が最上段に並びました。香ばしい成分と甘い成分の多くは、熱で生まれたものと確かめられています。
グリーンの側は緑茶にも含まれる成分で、熱で生じるのかは論文でも分かっていません。香りの研究は、ほうじ茶の香り成分|香ばしい・甘い・グリーンを作るものに続きがあります。鼻のつぎは、口の中でしょう。
口の中で、軽く
ひと口めが、あたたかく薄く舌に広がります。ほうじ茶の味は軽く、渋みや苦みはほとんどないのです。
公的な茶の解説も、ほうじ茶をそのとおりの言葉で書き、独特の香ばしい香りと、のどごしのよさを挙げています。緑茶は反対に、程よい渋みと、青々しい爽やかな香りで説明されています。そのちがいをつくったのは、火なのです。
味と香りが口の中でどう混ざるかは、主に茶の外で研究されてきました。つぎは、火が持ち去ったものでしょう。
火が持ち去ったもの
鍋の中の葉は、数分のうちに緑から茶色へ変わっていきます。焙じるあいだに、葉がもとから持っていたうま味や渋みの多くが抜けるのです。
秋の葉は、緑の色が抜けると、隠れていた黄色が表に出ます。焙じた茶の葉でも、うま味のもとが抜け、火の香りが表に出てくるのです。県の試験場の試験では、主なうま味のアミノ酸が浅い焙煎で大きく減り、深い焙煎では検出されませんでした。渋みのもとのカテキンは、深い焙煎で五分の一ほどになりました。
茶色の一杯が、色から思うより軽いのはそのためです。資料で言えるのは、変化の向きまでです。研究で確かめられていることと、まだのことは、ほうじ茶は渋くない・甘い?研究で確かめられている範囲で整理しています。
浅煎りと深煎りの一杯
棚に袋が二つ、うすい茶色と、赤みのある濃い茶色が並びます。深く焙じるほど香ばしさが強くなる、とは限らないのです。
同じ県の試験で、目印にした香ばしいピラジンは、浅い焙煎でいちばん多く出ました。焙煎が深くなるほど色は赤みを帯び、渋みは減りました。浅煎りと深煎りの線は、店ごとに引いています。
資料で言えるのは、いくつかの目印が深さでどう動くかまでです。くわしい比べ方は、ほうじ茶の浅煎りと深煎りの違い|色・香り・味・淹れ方にあります。数字と出典は、このあとにまとめて置いておきます。
数字でくわしく
- 葉の香り
- 水上裕造の2012年の報告(茶業研究報告113)です。煎茶の仕上げで出た茎を原料にしたほうじ茶を測っています。倍率が付いたのは50成分で、最上段は2-エチル-3,5-ジメチルピラジンとフラネオールでした。
- 湯気と浸出液
- 同じ年の茶業研究報告114では、湯気で36成分、浸出液で42成分に倍率が付きました。香ばしい匂いと甘い匂いがもっとも強く、グリーンがそれに続きます。香ばしい成分と甘い成分は、3つを除いて加熱で生成すると確かめられています。グリーンの成分は緑茶にも含まれますが、加熱で生じるかどうかは不明だと論文は書いています。
- ほうじ茶で強かった香り
- Tanらの2019年の報告は、煎茶・抹茶・玉露・ほうじ茶の香りを、同じ方法で抽出して比べました。要旨によると、ほうじ茶で希釈倍率が高かったのは、2,3-ジエチルピラジン(729)と2,3-ジエチル-5-メチルピラジン(243)です。官能評価では、ほうじ茶はロースト香とウッディな香りが強く出ました。
- 味の説明
- ほうじ茶の香ばしさと「渋み、苦みはほとんどなく」、煎茶の「程よい渋みと、青々しい爽やかな香り」は、農林水産省(aff 2022年4月号)によります。ほうじ茶の「あっさりしたのどごし」は、農林水産省「日本茶を楽しむ方法」によります。
- うま味
- 高知県農業技術センター茶業試験場の報告(2013年のデータ)です。一番茶のテアニンは荒茶21.12mg、浅炒1.27mgで、中炒と深炒では検出されませんでした。茶葉1.9gを沸騰水200mLで5分抽出した液100mLあたりの値です。
- カテキン
- 同じ報告で、一番茶の深炒のカテキンは、荒茶のおよそ5分の1でした。
- ピラジン
- 同じ報告で、焙煎香の指標にしたピラジン2種は、一番茶と刈番茶で浅炒がいちばん多く出ました。
