ほうじ茶の始まりを調べると、京都で売れ残った茶葉を生かしたという話と、加賀で茶の茎を生かしたという話に出会います。どちらも「もとのお茶を無駄なく使う工夫」と読めますが、語っている土地も原料も年代も違います。
二つを同じ起源の候補として競わせる前に、何のお茶について、誰が伝えている話なのかを確かめてみます。
京都では、残った茶葉を使う話が伝わる
山本山は、大正末期から昭和初期にかけ、京都府山城地方の茶商がほうじ茶を考案したと言われている、と紹介しています。茶葉の売れ行きに悩み、山のように売れ残った在庫を有効に使おうとしたという話です。
ここで物語の出発点になるのは、すでに手元にある茶葉です。作物を新しく育てることより、売れ残った茶に別の使い方を見つけることが、考案のきっかけとして語られています。
加賀では、製茶で出る茎に目が向けられる
農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」は、明治35年、金沢の茶商・林屋新兵衛が、製茶の過程で得られる茎を有効に使う方法を開発したと紹介しています。同じ資料の製法説明では、蒸す・揉む・乾燥で荒茶を作り、そこから茎を選別して焙煎します。原料に混じる茎を集めて使う流れです。
茎を焙じた加賀棒茶は、独特の香りと味わい、庶民的な価格から大人気になったとされています。こちらは、売れ残った葉ではなく、製茶の過程で生じる茎をどう生かしたかという話です。
似ているのは工夫、違うのは対象
京都の話では茶葉の在庫が、加賀の話では副産物の茎が登場します。どちらにも、手元の材料へ別の価値を見いだすという共通点があります。ただし、似た発想があることから、同じ出来事や同じ製法だったとはいえません。
一方は京都に伝わるほうじ茶の考案の話、もう一方は加賀棒茶という地域のお茶の歩みです。何を生かしたかを並べると共通点が見え、どのお茶の話かを並べると違いが見えます。
早い年があっても、全国の始まりとは決まらない
加賀の話には明治35年という年があり、京都の話には大正末期から昭和初期という幅があります。年代を比べることはできますが、それだけで全国のほうじ茶の起源が一つに決まるわけではありません。
資料が記している地域やお茶の範囲を保ったまま読むことが大切です。また、山本山の紹介にある「と言われている」という伝え方まで受け取れば、確定した製造記録と同じ強さで断言せずに、地域に伝わる話を楽しめます。
歴史を知ると、原料の見え方が変わる
いま目の前にあるほうじ茶に茎を見つけたら、単なる葉の代わりと片づけず、どう利用してきたのかという問いが生まれます。葉のほうじ茶を飲むときにも、そのお茶を誰がどのように焙じたかに関心が向きます。
自分の一杯が、ここで紹介した出来事へ直接つながると証明されたわけではありません。それでも、同じ「ほうじ茶」の中に、材料を選び直してきた別々の物語がある。名前から土地やつくり手へ視線を広げることが、歴史を読む楽しみになります。
