ほうじ茶はいつ生まれたのか。調べ始めると、いくつかの話が出てきます。ここでは出典を二つに分けて、それぞれが何について書いているかを確かめます。起源を一つに決める記事ではありません。決められない理由も、あわせて書いておきます。分かるところと、分からないところを分けます。

山本山が紹介する、京都の考案説

山本山は、大正末期から昭和初期にかけて、茶葉の売れ行きが伸び悩んだことに頭を抱えた京都府山城地方の茶商が、山のように売れ残った茶葉の在庫を有効活用するために考案したと「言われています」と紹介しています。時期、場所、きっかけまで書かれた話です。

文末が「言われています」であることは大事です。同社自身が、確定した事実としてではなく、伝わっている話として書いています。原史料は示されていないので、読むときは「茶商が紹介している説」として受け取るのが正確です。ここを外すと、話が太くなってしまいます。

農林水産省が紹介する、加賀棒茶の地域史

もう一つは石川県の話です。農林水産省のにっぽん伝統食図鑑は、明治35年に金沢の茶商・林屋新兵衛が、長期保存のために茶葉を乾燥させる過程でできる副産物の茎部分の有効利用方法を開発したと紹介しています。余っていた部分を使う工夫として書かれています。

茎を焙じて炒った「加賀棒茶」を販売したところ、独特の香りと味わい、庶民的な価格から大人気となった、と書かれています。これは加賀棒茶という地域の茶についての記述です。全国のほうじ茶がここから始まったとは、このページには書かれていません。販売した年と場所、人の名前までは示されています。

二つは、同じ問いの答えではない

京都の話は売れ残った茶葉を炒る工夫、加賀の話は茎の有効利用です。原料も地域も、書かれている年代も違います。二つを並べて「どちらが本当の起源か」を競わせる読み方は、出典の書き方から離れてしまいます。別々の話として、そのまま置いておきます。比べるなら、同じ軸をそろえてからです。

全国でほうじ茶が今の形に広まった時期を示す独立した資料は、この二つからは得られません。起源については、出典ごとに範囲を分けて読む。今できるのは、そこまでです。分からないところは、分からないままにしておきます。資料が見つかれば、また書き足します。