地域で親しまれる加賀棒茶と、丸八製茶場の献上加賀棒茶。似た名前の背景には、時代の異なる二つの出来事があります。

1902年、茎を生かす工夫から

農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」によると、明治35年(1902年)、金沢の茶商・林屋新兵衛が茶の茎を生かす方法を開発し、加賀棒茶を販売しました。製法が公開され、石川県内へ広まったと紹介されています。

茶の茎に目を向けた工夫が、地域のお茶として広がった歩みです。これは加賀棒茶の地域史であり、全国のほうじ茶の誕生年を示す話ではありません。

1983年、献上のためのお茶を開発

丸八製茶場の公式回顧では、1983年、昭和天皇が全国植樹祭で石川県を訪れる際、宿泊先で用意するほうじ茶の依頼を受けたといいます。原料や焙煎、淹れ方を検討して届けたことが、献上加賀棒茶の開発の経緯です。

1902年は地域のお茶が広がる出発点、1983年は一つの商品が作られた背景。加賀棒茶の歩みの中に、後年の献上加賀棒茶があります。