夕食のあとの湯のみを、口元まで運びます。ひと口含んで飲み下したあと、舌の上はきれいなままです。同じ湯のみで出した煎茶では、子どもが最初のひと口で顔をしかめました。袋の裏にあるのは「まろやか」「渋みがやわらかい」。袋が引き受けるのは、そこまでの言葉です。
焙じると、渋みのもとはどこへ行くのか
減ります。そして、残ったものの顔ぶれが変わります。袋や記事が「タンニン」と呼んでいるのは、茶ではカテキンという一群の成分のことです。その合計が焙煎で5分の1ほどに落ちること、途中でいったん増える成分があることは、第2章で見ました。ここで見るのは、増えたほうが何なのかです。
増えているのは、「エピ」が付かない型
高知県農業技術センター茶業試験場は、一番茶・刈番茶・二番茶の荒茶をほうじ茶機で二度焙じ、浅炒・中炒・深炒に作り分けて、カテキンを8成分に分けて測りました。向きは成分ごとに違います。いちばん多かったエピガロカテキンガレートは大きく減り、逆に11倍以上に増えた成分もありました。増えている側の4つは、名前の頭に「エピ」が付かない型です(表 8-1-1)。割合を計算すると〔計算値〕、荒茶ではカテキンの95.7%がエピ型なのに、浅炒の時点で非エピ型が36.7%を占めます。総量が減った話ばかりが伝わっていて、この引っ越しのほうは伝わっていません。
表 8-1-1焙煎の深さごとのカテキン8成分と、型ごとの割合(高知県・一番茶、浸出液100mLあたりmg)
| 成分(一番茶) | 荒茶 | 浅炒 | 中炒 | 深炒 |
|---|---|---|---|---|
| エピカテキン(EC) | 7.43 | 5.17 | 3.41 | 1.98 |
| カテキン(C)* | 0.17 | 0.28 | 0.20 | 0.09 |
| エピガロカテキン(EGC) | 2.09 | 0.50 | 0.96 | 0.72 |
| ガロカテキン(GC)* | 0.00 | 0.62 | 0.39 | 0.00 |
| エピカテキンガレート(ECg) | 3.50 | 1.88 | 1.25 | 0.53 |
| カテキンガレート(CG)* | 0.86 | 1.89 | 1.70 | 1.11 |
| エピガロカテキンガレート(EGCg) | 20.38 | 6.29 | 3.15 | 1.18 |
| ガロカテキンガレート(GCg)* | 0.46 | 5.23 | 3.53 | 1.38 |
| 計 | 34.89 | 21.86 | 14.59 | 6.98 |
| 非エピ型の割合〔計算値〕 | 4.3% | 36.7% | 39.9% | 36.9% |
| ガレート型の割合〔計算値〕 | 72.2% | 69.9% | 66.0% | 60.1% |
入れ替わりには、名前が付いている
入れ替わりには、名前が付いています。2007年の総説は、カテキン類が加熱で環の2位だけを反転させる反応を整理しました。行き先も決まっていて、エピガロカテキンガレートならガロカテキンガレートへと、頭の「エピ」が取れた相手に移ります。四組とも同じ形で、高知県の表で増えている4つは、この並びと一致しました。この組み替えは、1968年の報告がすでにエピマー化・重合化・分解として書いています。
同じ総説によれば、標準のカテキンを90℃の緩衝液(pH6.0)に30分浸けるだけでも異性化が進みます。焙煎は、乾いた茶葉を高い温度にさらす工程で、この実験とは条件が別です。台所の湯でも起きている反応が、火の上ではもっと進む。
入れ替わった先の味を、茶の濃さで測った研究は見つからない
気になるのは、入れ替わった先が渋いのかどうかです。2022年の総説は、茶の浸出液に含まれる濃度(300マイクロモル毎リットル以下)でカテキン4種を舌にかけ、味がいちばん強いのはエピカテキンガレート、次がエピガロカテキンガレートで、前者は渋味、後者は苦味が強いとしました。ただし、この総説で測られたのはエピ型の4種だけで、焙煎で増える側の4つは載っていません。ほうじ茶の浸出液に近い濃さと条件で、増える側の4成分が渋みにどれだけ効くかを確かめた研究は、今回当たった範囲にはありませんでした。「焙煎で渋みが弱まる」という説明は、味の側ではまだ裏付けが足りません。
原料が変われば、深炒でも量は動く
原料が変われば、深炒でも量は動きます。二番茶の深炒は、一番茶の深炒よりカテキン合計が多いままでした(表 8-1-1)。焙じ方をそろえても中身がそろわないなら、そろえる工程はその先です。合わせる話は第4部で扱います。
