茶葉の袋に「ミルクに負けない深煎り」と書かれています。ラテ用の札が付いた棚には、たいてい色の濃い茶葉が並んでいます。家で淹れて牛乳を注ぐと、前より茶の味が残った気もするのです。たしかめるすべはないまま、二杯目を作ります。
この文章では、焙じる深さでミルクの中の何が変わるかを、茶商の言葉、渋みのもと、香ばしさ、言葉の向きの順に見ます。
変わるのは、渋みのほう
牛乳を注いだカップから、甘い湯気がゆるく立ちます。焙じる深さで大きく変わるのは、香りよりも渋みのもとなのです。
公的な試験で、焙じる深さに沿って減っていたのはカテキンでした。焙煎の香りとして測られた成分は、深煎りより浅煎りに多く出ています。深煎りがミルクに合うと言うなら、根拠は渋みが出にくい側にあるのです。
香りを狙って深煎りを選ぶ根拠は、いまの公的な測定には見当たりません。答えのつぎは、売る側の言葉でしょう。
穀物やナッツの香り、という言葉
棚の前で袋を手に取ると、香ばしいにおいがかすかにもれてきます。茶商の説明では、深煎りの香りはミルクに負けにくいとされているのです。
ある茶商は、焙じた穀物やナッツのような香りがミルクの中でも残るとして、深煎りをすすめています。販売する側の説明で、成分を測った記述ではありません。それでも選ぶときの目当てとしては、わかりやすい書き方です。
資料で言えるのは、売る側がそう説明している、というところまでです。言葉のつぎは、測った数字でしょう。
焙じるほど、渋みのもとは引く
ひと口ふくむと、舌のうらにかすかな渋みがのこります。焙じるほど、渋みのもとのカテキンは合計で減っていくのです。
熟れていく柿から渋がぬけるように、焙煎が深くなるほどカテキンの合計は下がります。県の茶業の試験場の数字では、深煎りは焙じる前のおよそ五分の一でした。浅い・中・深いは温度ではなく、ドラムの回る速さで作り分けています。
ただ、減るのは合計のほうです。種類ごとに見ると、浅煎りでいったん大きく増えてから減るものもあります。焙煎は渋みのもとを一様に削るのではなく、いったん組み替えてから減らしているのです。渋みのつぎは、香ばしさでしょう。
香ばしさは、浅いほうに多く
湯のみに顔を寄せると、香ばしい湯気が鼻にとどきます。焙煎の香りとして測った成分は、深いほど多いわけではないのです。
同じ試験で香ばしさの目印にした成分は、焙じる前の茶には無く、焙じてはじめて現れます。その量は、一番茶と刈番茶では浅いほど多く出ました。二番茶では、焙じる深さによる差がありませんでした。
資料で言えるのは、この試験の条件の中での向きまでです。つぎは、温度を動かした別の試験でしょう。
図 2-2-2焙煎程度と焙煎香のピラジン2種の多い順(一番茶・2013年)
- 浅炒
- 中炒
- 深炒
荒茶からは検出されず
温度を上げた試験の、逆の向き
焙じ場のドラムの内側は、手をかざせないほど熱くなります。温度を上げて焙じた別の試験では、香ばしさの成分はむしろ増えたのです。
別の県の試験場などが茎を焙じた実験では、重要とされた香りの成分が、どれも高い温度ほど増えました。片方は回る速さを、もう片方は温度を動かしています。条件がちがうので、どちらかが間違いという話ではないのです。
深いほど香ばしい、も、浅いほど香ばしい、も、それぞれの試験の中でだけ成り立ちます。試験のつぎは、棚に並ぶ言葉の向きでしょう。
同じ「深煎り」の、逆の向き
棚のとなりには、深煎りのコーヒー豆の袋も並んでいます。同じ「深煎り」という言葉が、コーヒーとほうじ茶では逆を向いているのです。
コーヒーの団体の説明では、深く炒るほど苦味を感じる側に動きます。ほうじ茶の深煎りは、いま見たとおり渋みのもとが減る側です。同じ漢字の二文字が、反対の向きのまま同じ棚に並んでいます。
数字と試験の条件は、このあとにまとめて置いておきます。カップの牛乳は、いつのまにか少しぬるくなっています。
数字でくわしく
- 茶商の説明
- 茶商の説明は、FAR EAST TEA COMPANY のものです。ミルクを加えてもお茶の香りがはっきり残るものとして、深煎りをすすめています。
- 試験の出典
- カテキンの試験は、高知県農業技術センター茶業試験場の報告です。題は「焙煎程度とほうじ茶の品質」(研究期間 平成25〜26年度)です。場内の自動連続ほうじ茶機で、浅炒・中炒・深炒を作り分けています。
- 焙煎の条件
- カテキンを測った2013年の表では、2回目の焙煎の排気温はどれも100℃です。ドラムの回転数を落として作り分け、一番茶では17・12・8rpmでした。
- カテキン
- 茶葉1.9gを沸騰水200mLで5分抽出し、茶液100mLあたりで比べています。一番茶の深炒は荒茶のおよそ5分の1、刈番茶では10分の1を切ります。
- 種類ごと
- ガロカテキンガレートは、浅炒でいったん10倍以上に増えてから、中炒・深炒で下がります。
- ピラジン
- 香ばしさの指標にしたピラジン2種は、荒茶からは検出されていません。一番茶と刈番茶では浅いほど多く、二番茶では焙煎程度による差がありませんでした。
- 温度の実験
- 温度を動かした実験は、石川県工業試験場などのものです。鹿児島県産一番茶の茎を、ドラム内面180〜220℃で焙じています。重要な香気成分とされた8種のピラジンは、どれも高温ほど増えました。
- コーヒー
- コーヒーの焙煎と苦味の説明は、全日本コーヒー協会によります。
