釜の中で、温めた砂がさらさらと動いて茶葉を包みます。その砂炒りの味を残すために、新しい焙じ方を探った茶商の記録があります。火入れ機の古い報告には、遠赤外線と熱風を一台に組んだ工夫も残っています。

この文章では、二つの記録を、古い道具から新しい道具へという一本の物語にせず、それぞれが解こうとした問題から見ていきます。

残したのは、砂ではなく味

砂炒りの釜からは、乾いた香ばしい匂いが立ちのぼります。茶商が残したかったのは、砂そのものではなく、その味なのです。

古い茶商の沿革には、食品の安全への関心が高まったころの話があります。砂炒りの味を保ちながら、砂が混ざらない焙じ方を探ったというのです。目指したのは、砂を使わなくすることだけでも、昔の道具を守ることだけでもありませんでした。

残したいのは味で、減らしたいのは砂が混ざるおそれでした。資料で言えるのは、沿革にそう書かれているところまでです。砂のつぎは、上と下から熱を送る機械でしょう。

上から赤外線、下から風

細長い樋の上を、茶葉がゆっくり運ばれていきます。その火入れ機は、上から遠赤外線、下から熱風と、二つの熱を一台に組んでいるのです。

茶の研究の古い報告に、機械の作り手が開発した遠赤外線の火入れ機が出てきます。茶を運ぶ樋の上に遠赤外線のヒーターを置き、下から熱い風を送る仕組みです。遠赤外線か熱風かという二択で読むと、この仕組みは見落としやすくなります。

ただ、この報告が扱うのは緑茶の仕上げの火入れで、ほうじ茶を作る試験ではありません。資料で言えるのは、ここまでです。二つの記録のつぎは、そのつなぎ方でしょう。

二つの記録を、つながない

二つの資料を机に並べると、年代の順に線を引きたくなります。けれど、この二つを一本の系譜にはつなげないのです。

茶商の沿革と火入れ機の報告は、それぞれ別の取り組みの記録です。この二つだけから、一方の技術がもう一方へ受け継がれたとは言えません。似た言葉や年代の順番だけで因果をつなぐと、技術の歴史はたやすく別の物語になります。

報告に書かれた年も、発表された年であって、生まれた年とはかぎりません。資料で言えるのは、いつ記録されたかまでです。記録のつぎは、道具が解いた問題でしょう。

道具が解いた問題

古い焙煎機の名前を順に並べると、年表のように見えてきます。けれど焙じ方の歴史は、何を変えて何を残すかを決めてきた記録なのです。

砂が混ざるのを避けながら味を保つこと、二つの熱の届け方を一台に組むこと。課題の側から見ると、道具が移り変わった理由が見えてきます。茶商の沿革や機械の説明には、困っていたこと、変えた仕組み、残そうとした味が書かれていることがあります。

いまの袋に刷られた製法の名前にも、説明されていない背景がひそんでいるのでしょう。資料で言えるのは、二つの記録が語るところまでです。年と名前は、このあとにまとめておきます。

数字でくわしく

沿革の出どころ
丸八製茶場の沿革「砂炒りから、新しい焙煎へ」です。
時代
昭和40年代、食品の安全性への関心が高まる中でのことです。砂炒りの味を保ちながら、砂が混入しない焙煎方法を探ったとされています。
報告の出どころ
1988年の日本茶業学会の報告です。
機械の作り手
報告に出てくる遠赤外線の火入れ機は、静岡機械製作所が開発したものです。
機械の構造
トラフコンベヤーの上側に遠赤外線ヒーターを置き、下から熱風を送る構造です。
年の読み方
1988年は報告が発表された年で、開発や発売の年とはかぎりません。
報告の範囲
扱っているのは緑茶の仕上げの火入れで、ほうじ茶の製造試験ではありません。