急須に茶葉を入れ、湯を注いで、タイマーを開きます。袋の裏には「熱湯で三十秒」とあります。ところが淹れ方を調べると、湯を少し冷まして倍の時間待つ案内が、何度も出てくるのです。ふたの穴から、細い湯気がのぼっています。
この文章では、その数字がどうやって決まったのかと、いまの案内がどれほどばらついているかを、順にたどっていきます。
ひとにぎりの舌の、飲み比べ
湯のみをいくつも並べ、少しずつ口にふくんでいく。あの数字は、そんな飲み比べの場から出てきました。三十秒は、成分を測って出した数字ではないのです。
古い業界団体の報告では、国と県の試験場の研究者が委員に入っています。町の店で買った茶を、湯の温さと待つ時間を少しずつ変えて淹れました。それを何人かが夏と冬に飲み、おいしい順に並べたのです。順位の合計を統計にかけ、偶然とは言えない条件だけが残されました。
ここでいう「いちばん」は、よく溶け出す条件のことではありません。資料で言えるのは、ずっと前の舌が選んだ順位までです。舌のつぎは、その数字が表になって配られた先でしょう。
せん茶の行と、ほうじ茶の行
古い表を広げると、細い罫線が茶の名前を一行ずつ分けています。よく見かける長いほうの時間は、ほうじ茶ではなく、ふだんのせん茶の行にある数字なのです。
食品の成分を載せる国の表でも、ほうじ茶は番茶や玄米茶と同じ扱いで、待つ時間はせん茶の半分です。給食の献立集に写された表も、出どころを書いたまま同じ組み合わせを並べています。ほうじ茶の欄に長い時間が出るのは、二煎目の表だけでした。
国の表の備考には、もとの分析値と古い版にもとづく、と一行あるきりです。資料で言えるのは、二つの茶が最初から別の行にいたことまでです。行のつぎは、湯の温さの話でしょう。
湯を一度うつす温さ
やかんの湯を土瓶にうつすと、注ぎ口から立つ湯気が少し落ち着きます。表にある湯の温さは、温度計がなくても作れる温さなのです。
古い報告は、熱湯を一度土瓶に入れれば九十度前後になると書いています。それを、茶を入れた土瓶にそのまま移せばよいという手順です。ただ、これは湯冷ましの説明で、温さそのものは、ほかの温さと飲み比べて選ばれました。
資料で言えるのは、その温さが台所で作りやすいところまでです。温さのつぎは、熱湯をすすめる理由でしょう。
ふたのすき間の、火の香り
熱湯を注ぐと、急須のふたのすき間から香ばしい匂いが立ちます。ほうじ茶に熱湯をすすめる案内は、溶け出す量より、その香りを狙っているのです。
国の役所のサイトにある手引きでも、番茶や焙じ茶は、味わうより火の香りを楽しむ茶だと書かれています。だから熱湯を使う、という順の説明です。
香りがどれほど増すかを測った数字は、この手引きにはありません。資料で言えるのは、狙いが香りにあるところまでです。香りのつぎは、いまの案内のばらつきでしょう。
ずれていく、袋の裏
袋の裏の淹れ方を何枚も並べると、数字が少しずつずれていきます。いま公開されている案内は、そろっていないのです。
茶商やメーカー、公的な団体の案内を下の表に並べると、待ち時間も濃さも、何倍ものひらきがあります。同じ会社の中でも、淹れ方のページと湯の温度を説くページで、温さの書き方がちがっていました。
どの数字が正しいかは、どの資料も決めていません。資料で言えるのは、幅があるという事実までです。その幅の中身は、このあとに数字で置いておきます。
表 3-1-1ほうじ茶の淹れ方として公開されている条件(公的資料2件+案内29件。数字のある27件を比べ、幅は26件から)
| 出どころ | 茶葉量 | 湯量 | 湯温(表記のまま) | 時間 | 100mLあたり茶葉量(計算値) |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本食品標準成分表2020年版(八訂) | 15g | 650mL | 90℃ | 0.5分 | 2.3g |
| 茶のいれかたの検討(1973)表7 標準浸出法 | 15g | 650mL | 熱湯 | 30秒 | 2.3g |
| 滋賀県茶業会議所(やかん) | 10g | 1L | — | 30秒 | 1.0g |
| 中村藤吉本店(やかん・煮出し) | 40g | 2〜3L | 沸騰 | 約2分 | 1.3〜2.0g |
| 静岡県富士市 | 3g(1人分) | 150〜200mL | 100℃の熱湯 | 30秒 | 1.5〜2.0g |
| 福寿園(hinome 棒ほうじ茶) | 3g | 180mL | 沸騰したお湯 | 約1分 | 1.7g |
| ルピシア(雁ヶ音日記) | 2.5〜3g | 150mL | 熱湯 | 2〜2.5分 | 1.7〜2.0g |
| 伊藤園(お茶百科・いれ方) | 4g | 200mL | 95℃ | 30秒 | 2.0g |
| ルピシア(信楽熟成ほうじ茶ほか) | 3〜4g | 150mL | 熱湯 | 30秒〜1分 | 2.0〜2.7g |
| 宇治田原製茶場 | 6〜8g | 200〜300mL | 約90〜100度 | 約30秒 | 2.0〜4.0g |
| 丸八製茶場(献上加賀棒茶リーフ) | 6g | 260mL | 熱湯 | 25秒 | 2.3g |
| 丸八製茶場(加賀ほうじ茶リーフ) | 6g | 260mL | 熱湯 | 30秒 | 2.3g |
| 福寿園(ほうじ茶各種) | 3g | 130mL | 熱湯 | 約30秒 | 2.3g |
| 新井製茶(茎ほうじ茶) | 3g(1人分) | 130cc(1人分) | 熱湯 | 30秒〜1分 | 2.3g |
| 舞妓の茶本舗 | 15g | 約650mL | 熱湯 | 30秒 | 2.3g |
| 埼玉県茶業協会 | 9g(3人分) | 390mL | 熱湯 | 30秒 | 2.3g |
| 世界緑茶協会 | 3g(1人分) | 130mL | 沸騰した熱いお湯 | 約30秒 | 2.3g |
| 森乃園 | 10g | 400mL | 熱湯(100℃) | 約4分 | 2.5g |
| 京都府茶業会議所 | 10g | 300〜400mL | 温度の指定なし | 約30秒 | 2.5〜3.3g |
| 上林春松本店 | 10〜15g | 400mL | 熱湯 | 30〜40秒 | 2.5〜3.8g |
| 美濃加茂茶舗(直火深煎りほうじ茶リーフ) | 約5g | 約180mL | 約80℃(湯冷まし後) | 1分 | 2.8g |
| 福寿園(白い茎ほうじ茶) | 4g | 130mL | 熱湯 | 約1分 | 3.1g |
| 中村藤吉本店(急須) | 10g | 300mL | 100℃ | 30〜40秒 | 3.3g |
| カネ十農園(棒茶リーフ) | 4g(100mLあたり) | — | 90℃ | 40秒 | 4.0g |
| カネ十農園(焙じ茶リーフ) | 4g(100mLあたり) | — | 90℃ | 30秒 | 4.0g |
| 一保堂茶舗(極上ほうじ茶) | 10g | 240mL | 100℃ | 30秒 | 4.2g |
| 一保堂茶舗(基本の番茶類) | 10g | 240mL | 100℃ | 30秒 | 4.2g |
| 柳桜園茶舗(媒体の取材記事) | 10g | 約210cc | 沸騰湯 | 20〜30秒 | 4.8g |
| 寿老園 | 約8g | —(急須540mL用) | 95℃ | 約1分 | — |
| 宇治園 | — | — | 90〜100℃ | 30秒 | — |
| 滋賀県茶業会議所(急須) | 3〜4g | — | 100℃ | 30秒 | — |
| 象印(かくしあじ) | — | 約200mL | 沸騰直後の熱湯 | 30秒 | — |
| 藤田茶園(一般的なほうじ茶) | 3〜4g | — | 熱湯 | 30秒 | — |
| 藤田茶園(一番茶を使ったほうじ茶) | 2〜3g | — | 80〜90℃ | 1分 | — |
| 農林水産省「お茶大国、ニッポン。」 | — | — | 90〜100℃ | 30秒〜1分 | — |
| 静岡県茶業会議所 | 15g(5茶碗分) | — | 熱湯 | 30秒 | — |
| JA京都やましろ | 大さじ3 | たっぷり | 100℃(本文は「ぐらぐら沸いた熱湯」) | 30秒 | — |
| 日本茶インストラクター協会 | — | — | 熱い湯 | 約30秒 | — |
| 日本茶業中央会 | — | — | — | — | 淹れ方のページがない |
| 静岡県茶商工業協同組合 | — | — | — | — | 淹れ方のページがない |
| 幅(26件。柳桜園茶舗の1行を除く) | — | — | 80〜100℃ | 25秒〜約4分=約10倍 | 1.0〜4.2g=約4倍 |
数字でくわしく
- 成分表の条件
- 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」の条件です。ほうじ茶は、番茶・玄米茶・ウーロン茶と同じ扱いです。浸出条件は15g・650mL・90℃・0.5分、せん茶は10g・430mL・90℃・1分です。備考欄は「分析値及び四訂成分表収載値に基づき決定」の一行だけです。
- 給食の献立集
- 日本茶業中央会のサイトにある「12ヶ月のお茶給食献立集」です。出典を「茶のいれ方研究会:茶研報(1973)」と明記しています。焙じ茶は熱湯・30秒、煎茶(並)は90℃・60秒です。ほうじ茶の欄に60秒が出るのは、別の表にある2煎目だけです。
- もとの報告
- 茶のいれかた研究会「茶のいれかたの検討」(茶業研究報告40、1973年)です。静岡県茶業会議所が中心になり、農林省と静岡県の茶業試験場から委員を選びました。試料は、静岡市内の茶販売店6店で買った仕上茶です。
- 飲み比べの方法
- 湯温は10℃きざみで3〜4段階、全体で15区、浸出時間は30秒きざみでした。夏と冬の2回、6〜11人(要約では7〜11人)が、予選と決選の2段階で順位をつけています。順位合計の検定で、有意に「うまい」とされた条件が採られました。
- 九十度の記述
- 熱湯を一度土瓶に入れると90℃内外になり、それを茶を入れた土瓶に移せばよい、と同じ報告にあります。
- 熱湯の理由
- 農林水産省のサイトにあるPDF「おいしいお茶の入れ方」の説明です。番茶や焙じ茶は「味わって飲むよりも香ばしい火香・焙じ香を楽しむ茶」だから熱湯を用いる、としています。
- 淹れ方の29件
- 茶商・メーカー18社と公的機関・団体11件、あわせて29件を集めました。淹れ方のページがない2件を除き、数字のある27件を比べています。幅は、取材記事が出どころの1件を除く26件から出しました。待ち時間は25秒から約4分で約10倍、100mLあたりの茶葉は1.0gから4.2gで約4倍ひらきます。確認日は2026年9月22日です。
- 同じ社のちがい
- 伊藤園は、いれ方のページでほうじ茶を95℃としています。湯の温度を解説するページでは「100度の熱湯」です。

